can't dance well d'Etre

経験不足のカラダと勉強不足のアタマが織りなす研究ノート

【コンプライアンス意識批判】リテラシーからコミュニケーション能力へ

合理性、リテラシーコンプライアンス意識。社会で求められがちなものを並べてみたとき、どうにも堅苦しいのは何故か。そもそもリテラシーはそんなに大事なのか?実はこっそりヤバいものなんじゃないか?――なんて疑いを抱いた末にコンプライアンス精神批判じみたものを書きました。

キーワード:リテラシー、プラグマティスト、コンプライアンス意識、コミュニケーション能力

 

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SEO対策によって想定された感動主体のフラットさについて

生産性やクリエイティブであることの重要性が説かれています。そこで行き交うメッセージを目にして感じたところがあったので、ざっくりと書いてみました。
キーワード:感動の一元化、合理性

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図書『いつかすべてが君の力になる』:本番のために練習があるのではなく、練習のために本番がある

声優の梶裕貴の本を読んで、思いがけず含蓄のある言葉を見つけました。【勉強や練習】と【試験や本番】とがあり、前者は後者のためになされるという認識が通例です。しかしそれはむしろ逆なのではないか。結局のところ【勉強や練習】の〈場〉こそが大元なのではないか。――そういったことをまとめてみました。
キーワード:手段と目的、練習と本番、勉強と試験、普段、ハビトゥス、イベント

  • はじめに
  • 手段は目的のために
  • 本番のために練習があるのではなく、練習のために本番がある
  • ハビトゥス
  • イベントと普段
  • 普段に向けたイベント
  • ハビトゥスの調律
  • おわりに

 

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【キャラは誰を相手に話しているのか】想像力と声の演技

あるゲームのキャラソンを聴いて、そこで声優がキャラになりきってセリフを言うくだりがありました。わたしはそれを聴いて違和感を覚えたのです。その違和感について書きます。
キーワード:カント、想像力、ニーチェ、深淵、ガラス 

  •  キャラソンとは何か
  • ギャルゲーでさえも
  • 現場の声から――梶裕貴の声
  • 梶の「想像力」
  • カントの「想像力」
  • 声の持ち主を表現するということ
  • ニーチェの「深淵」
  • ガラスと想像力――〈場〉の開示

 

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女の夢園と男の飛翔――竹宮恵子『ウィーン幻想』より

 竹宮恵子の『ウィーン幻想』を読むと、竹宮流の男と女の本質が立てられています。そこからはどのような含みが読解できるのか。わたしの関心は彼女の独特な語彙――「夢園」や「飛翔」――などの、〝概念としての可動範囲〟へと向かいました。むろん、ここで述べられている男女の違いはあくまでも象徴的なものであって、男女の違いは事実としてこうであるという話ではありません。悪しからず。
キーワード:夢園、飛翔、イメージ、夢見、ハイデガー、現存在、被投性、不安
  • イメージを介して開かれる〈場〉
  • 男女を問うことの功罪
  • イメージとパフォーム
  • 竹宮恵子の男と女、そして夢見
  • それが男にはできないのだよ
  • 超越と内在――失楽園を通して
  • 男の不安とは何か――ハイデガーを経由して
  • 個々の幻想は、現実で合流する

 

It seems to me 〜〈欲動〉イメージのスクリブル

 欲望はわかります。しかし欲動ってなんでしょうか。ちょっとつかみ辛さがあるので、肉付けしてみようと思います。そういう記事です。(2018/09/26-11/09)

  • 欲動ってなんぞや?
  •  人称的な欲望と非人称的な欲動
  • 「ノる/乗られる」感覚
  •  フロイトの使用例
  •  欲望主体と欲動主体
  •  アーティストと欲動

 

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【〈私〉と〈仏〉の地続き感】『快慶・定慶のみほとけ』展から

2018年11月7日、ぼくは東京国立博物館で開催されている『京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ』展を観に行きました。

人文系の知識がちょっぴりあるものの、日本史にも仏教美術にも通じていないぼくが何を感じたのか。それをまとめてみます。 

  • 超俗と還俗を促す臨場感
  • 躍動感がない!――仏像に走る褶曲線から
  • 仏様とは何様なのさ?
  • 私だけしかない!――仏教と哲学
  • 仏は私、私が仏
  • ひとつの仏と無数の仏たち

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ドラマ『漱石悶々』:男性文学と女性の成長

ドラマ『漱石悶々 夏目漱石最後の恋 京都祇園の二十九日間』(2016)を見て思ったこと。

 

私は学部生時代にサブカルチャーの文学という講義を受けていた。そこで先生はこう言っていた。

「今では男性の成長は描けなくなっています。女性の成長物語だけが描けて、そしてウケるのです。」

先生はジブリ作品の『風の谷のナウシカ』を引き合いに出したり、社会評論家の大塚英志を参照したりと、男性の成長を描くことの不可能性を説いた。私の中で、男性の成長の不可能性というテーマは、それ以降、妙に胸のつかえになっていたのである。

そうした胸のしこりじみたものに、件のドラマは触れるところがあるように思われたのだった。

 

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タイムラインに飛び交うわたしたちのブーメランっぽさ

ブーメランを投げないではいられないという認識から、「ブーメラン×タイムライン」のカップリングによって見えてくるレトリカルな現実認識について考えたところをまとめてみました。ブーメラン遊びをするための指導要綱的なもの。

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ブーメランを投げずにはいられないのだとしたら……

ブーメランは遊びです。投げると、投げた人の元へと戻ってきます。しかし投げたことを知らないままにそれが返ってきたなら、痛い思いをする。ーーそのようなわたしたちの放っているブーメランについて書きました。

 

  • ブーメランを追いかける
  • 事例M
  • 事例R
  • ブーメランを投げない
  • 人の不幸は蜜の味
  • 徳・カルマ・運命
  • 毎朝目覚めるときのように、〈唯一人〉
  •  それでも、ブーメランを投げている
  •  〈唯一人〉でブーメラン遊びができたなら…
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