can't dance well d'Etre

経験不足のカラダと勉強不足のアタマが織りなす研究ノート

ブーメランを投げずにはいられないのだとしたら……

ブーメランは遊びです。投げると、投げた人の元へと戻ってきます。しかし投げたことを知らないままにそれが返ってきたなら、痛い思いをする。ーーそのようなわたしたちの放っているブーメランについて書きました。 ブーメランを追いかける 事例M 事例R ブー…

【占われることの責任】占いは「当たる」のではなく「中る」ものである

近ごろ、鏡リュウジ(1968-)というひとの仕事に関心があって、ちょこちょことつまみ読みしています。その過程で『魂の西洋占星術』(1991)という本を読んだのですが、そこで占いの「当たる・当てる」ことに関する興味深いことが書かれていて、そのことについて…

図書『自閉症の僕が飛びはねる理由』:障害または個性に抗して、表現力を鍛えるために努力して感覚を洗練させていくこと

東田直樹『自閉症の僕が跳びはねる理由』を読みました。その本から何を読み取れるのか。そして何を読み込めるのか。言い換えれば、本に何を読み、何を読まれるのか。自閉症を巡る発見について。 はじめに:自他の違いの手触り 自閉症について――音の伴わない…

映画『クワイエット・プレイス』:あそびと絶叫

映画『クワイエット・プレイス』を観ました。 とにかく音を立てるのはマズいと、予てより観ていた予告映像で訴えられていたわけです。音を立てるとどうなるというのか――ってのが、わたしが観客となった動機。 起りーーOf the quiet place(その静寂について…

おれがイケメンだとしたら、世界は異常なはずだった…。

おれの人生のうちには、他のひとがそうであるように、雷に打たれたかのような衝撃的な気づきがいくつかあった。 ここではそのなかのひとつを書いてみる。自分の顔と、異性との関係仕方に関してのエピソードと、その教訓について。

リア充になってはいけない。だが、リア充になろうとしないのはもっといけない。

「リア充/非リア充」という言葉で現実を考える彼らのマジメさについて書きました。 「そんなのどっちでもいーじゃん!」と考えるひとをこらしめてやりたい気持ちもあります。 リア充とリア充批判 想像力と創造力 心理学的モデルおよびストーリー 「どっちで…

書きすぎてしまうひとの質的かつ量的な問題

文章の書き方を見直してみました。いまだに〈読みやすさ〉と〈分りやすさ〉とを折衷させるのかにコンプレックスがあるので、ブログの記事の書き方を考えるなかで、いろいろ発見したく思います。――そうした覚悟の宣言文。

自由へと進撃する過程について:夕陽的中動態と進撃的能動態

この記事で言及しているのは中動態、【紅蓮の弓矢】【二ヶ月後の君へ】【紅蓮の座標】――Linked Horizon、【見えざる腕】――Sound Horizon、『進撃の巨人』、『ジョジョの奇妙な冒険』(第五部)。長くなっていますが、興味のある話題へと、目次から適当に飛ん…

きみの名前はパトラッシュ。

ぼくと、ぼくのパトラッシュとの関係について書きました。パトラッシュ、きみはぼくが敬愛する憂鬱であり、親愛なる疲労。みなさんも自分のパトラッシュをこっそり見つけているのかもしれない…などと想像しています。 パトラッシュがいる! ぼくの感じる〈疲…

常識的に考えて、非合理であれ

「常識的に考えて、非合理であれ」と主張する啓蒙書があればどんな書かれ方をするだろう…?。わたしはしばしば「変な奴」呼ばわりを受けるので、常識的だとか合理的な判断だとかに不信感があるのです。つまり、自分の自然体がなかなか自然なこととして評価さ…

タニシを料理して、中動態を想う。

タニシを料理したことを記事にしました!…だけじゃなくてその料理をした後で考えさせられたことなどを、中動態の観点を鍵にして書いてみました。 タニシを料理したこと タニシの酒蒸し タニシのリゾット タニシの料理を通して 期待の反作用 経験の文法 意味…

3年間で1500冊の本を読んでいたことへの所感

わたしは2015年から読書記録をつけている。 2018年現在でもなお、その記録は続けられている。 ――ってことについて。

映画『未来のミライ』:「~として」生き、「~らしさ」を得ることの意味

『未来のミライ』を観ました。おもしろかったです。「おもしろかった」ということは「考えるところがあった」ということでもあるので、「それはどんなことなのやら…」と、ぼんやり書き出してみました。誰もが必ず誰かの子どもであり、絶対に誰かを親に持つ。…

宇宙人じゃなくて異世界人だったって話

宇宙人じゃなくて異世界人だったって話。 わたしは『自己紹介と執筆方針』という記事で、自分が自閉症スペクトラムと診断されたと書いています。世上に何かと昇る発達障害というやつですね。

図書『夜と霧』よ今度もありがとう

わたしの人生において2度目の『夜と霧』体験をする運びとなり、いろいろ感じるところがあったので、キーボードに手指を置いてみた次第。執筆は3日ほど。言いたいことはないといいな。書いたことがあるだけ。でも意味はある。フランクルが確かめた人生の意味…

サスペンスドラマがつまらない

サスペンスドラマがつまらないなぁと感じるので、手指に「なぜそう思うんだい?」と問いかけてみたところ、さっこん何かと重視される「リーダビリティ」だの「わかりやすさ」だのといった鍵語が浮かびあがってきた。その消息を辿るうちに、わたしの苛立ちは…

文意と実体:執筆における「心技体」

ブログの記事を書くことと、意識するしないに係わらずその執筆行為に関係してくる読者というものを考えてみた。書き進めるなかで広く表現することの意味を確認することになった。わたしは読者なしには書けない。読者はわたしでもある。そういう話。 目次 書…

哲学を取り戻す――古典としてのデカルト『方法序説』の読者になって

現代において古典を読むこと、哲学書の読者になることの意義について考えたもの。 人文系の大学に入学すると、初年次にたいてい読むことを勧められるデカルトの『方法序説』について考えることを通して、私は情報過多の時代に固有な意味の深みを探索すること…

自己紹介と執筆方針

どうも。ザムザ・B・プルースト(ざむざ・ばーとるびー・ぷるーすと)哲楽どおる(てつがく どおる) と言います。 ブログで書くということに興味が湧いたのではじめました。 この記事ではまず、手短な自己紹介と、記事を書くうえでの執筆方針などを書かせて…